【相続とお金の手続⑤】親のキャッシュカード、使っても大丈夫?

はじめに:葬儀費用のためなら、使ってもいい?
「お母さんの葬儀費用、とりあえずお母さんのキャッシュカードで下ろしておこう」
そう思って財布の中のカードを取り出したものの、ATMの前で手が止まりました。
「暗証番号は知っている。でも、亡くなったあとに使ってもいいの……?」
親の通帳やキャッシュカードを預かっていた人なら、一度は迷うところかもしれません。
キャッシュカードは、通帳と違って、その場ですぐにお金を引き出せます。
しかし、実際に引き出せることと、使ってよいことは別の問題です。
この記事では、親が亡くなったあとにキャッシュカードを使用するリスクと、葬儀費用などのお金が必要な場合の対応について、分かりやすく説明します。
結論:キャッシュカードは使用せず、まず保管しましょう
親が亡くなったあとは、故人名義のキャッシュカードを使ってATMから預金を引き出すことは、原則として避けましょう。親が亡くなると、預貯金は相続財産となり、遺産分割の対象になります。
たとえ次のような事情があっても、自由に引き出してよいとは限りません。
- 生前から親にキャッシュカードを預けられていた
- 暗証番号を教えてもらっていた
- 親の生活費を代わりに引き出していた
- まだ銀行が死亡の事実を知らず、口座が凍結されていない
親から生前に頼まれていたとしても、その権限が亡くなったあとまで当然に続くわけではありません。
まずはキャッシュカードを安全な場所に保管し、金融機関へ相続手続きを申し出るのが基本です。
なぜ、ひとりで引き出してはいけないの?

理由のひとつは、親の預金が、亡くなった時点から相続手続きの対象になるためです。
たとえば、きょうだいが複数いる場合、本来は相続人全員で財産の内容を確認し、その分け方を話し合います。
ところが、ひとりの相続人が先に預金を引き出すと、ほかの相続人から、
「なぜ相談せずに引き出したの?」
「本当に葬儀費用だけに使ったの?」
「ほかにも引き出しているのでは?」
と疑われることがあります。
悪気がなかったとしても、お金の動きが見えないことが、家族間の不信感につながるのです。
葬儀費用を用意しようとした長男の話
母親と同居していた長男は、生前から母親の買い物を頼まれ、キャッシュカードと暗証番号を預かっていました。
母親が亡くなったあと、長男は葬儀費用を準備するため、ATMで20万円を引き出しました。
長男に悪意はありません。
「葬儀費用を立て替えるのは大変だから、母のお金から先に用意しておこう」
そう考えただけでした。
ところが、後日、通帳を確認したほかのきょうだいから、
「どうして相談せずに引き出したの?」
「ほかにも使っているのでは?」
と聞かれます。
長男は葬儀費用に使ったと説明しましたが、事前の相談もなく、領収書も一部しか残っていませんでした。
そのため、きょうだいの疑いはなかなか消えず、遺産分割の話し合いまでこじれてしまいました。
問題になったのは、20万円という金額だけではありません。
故人のカードを使い、ひとりの判断で預金を動かしたことが、不信感のきっかけになったのです。
「葬儀費用なら大丈夫」とは限りません
よくあるのが、次のような考え方です。
少額なら引き出しても大丈夫?
金額が少ないからといって、当然に問題がなくなるわけではありません。
少額であっても、何のために引き出し、どのように使ったのかが分からなければ、ほかの相続人とのトラブルにつながる可能性があります。
葬儀費用なら使っても大丈夫?
葬儀費用は必要な支出ですが、だからといって、故人のキャッシュカードを自由に使ってよいということにはなりません。葬儀費用を誰が負担するかは、葬儀の契約や相続人間の話し合いなど、個別の事情によって判断が分かれることがあります。
口座が凍結されていないから大丈夫?
これも誤解です。
銀行がまだ死亡の事実を知らなければ、ATMで引き出せることがあります。
しかし、口座が動くことと、法律上・手続上問題なく使用できることは同じではありません。
相続放棄を考えている場合は、特に注意
親に借金があるかもしれず、相続放棄を検討している場合は、親の預金を引き出して使うことに、さらに注意が必要です。相続財産を処分したと判断されると、相続を承認したものとして扱われ、相続放棄が認められなくなる可能性があります。ただし、葬儀費用の支払いなどが必ず相続の承認に当たるとは限らず、金額や使い道、保管状況などによって個別に判断されます。
そのため、借金の有無が分からない段階では、「葬儀費用だから大丈夫だろう」と自己判断で預金を使わないことが大切です。
すでに引き出したり使ったりしている場合は、そのままにせず、通帳、明細、領収書などを保管したうえで、早めに弁護士などへ相談しましょう。
すぐにお金が必要な場合はどうする?
まずは、葬儀費用を支払う人が一時的に立て替え、領収書や明細を残しておく方法が考えられます。
立て替えることが難しい場合には、金融機関へ相談しましょう。
現在は、遺産分割が終わる前でも、一定の範囲で故人の預貯金の払戻しを受けられる制度があります。
家庭裁判所を通さず、金融機関の窓口で払戻しを受けられる制度では、原則として次の計算式で金額を求めます。
相続開始時の預貯金額 × 3分の1 × 払戻しを受ける相続人の法定相続分
ただし、同じ金融機関から払い戻せる金額には、相続人ひとりにつき150万円までという上限があります。
必要額がこの範囲を超える場合などには、家庭裁判所の手続きを利用できることもあります。
これは、故人のキャッシュカードをATMで使用する方法ではありません。戸籍などの必要書類をそろえ、金融機関の正式な手続きによって払い戻してもらう制度です。
詳しくは、裁判所の資料「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律の概要」でも確認できます。
親のキャッシュカードを見つけたらすること
親が亡くなったあとにキャッシュカードを見つけたら、次の順序で対応しましょう。
- キャッシュカードを使用せず、安全な場所に保管する
- 通帳や取引履歴から預金の内容を確認する
- ほかの相続人に口座の存在を知らせる
- 借金や未払い金がないか確認する
- 金融機関へ連絡し、相続手続きを確認する
- すでに引き出した場合は、金額と使い道を記録し、明細や領収書を残す
前回の記事「親の通帳 見つけたらどうする?」で作成した口座一覧にも、キャッシュカードの有無を記録しておくと、後の手続きが進めやすくなります。
まとめ
- 親が亡くなったあとは、故人名義のキャッシュカードを使用しない
- ATMで引き出せる状態でも、自由に使ってよいとは限らない
- ほかの相続人の同意があっても、正式な金融機関の手続きを取る
- 葬儀費用などが必要な場合は、遺産分割前の預貯金払戻し制度を検討する
- 相続放棄を考えている場合は、特に自己判断で預金を使わない
- すでに使用した場合は、明細や領収書を保管し、早めに専門家へ相談する
まずは、キャッシュカードを安全な場所にしまいましょう。
そして、ほかの相続人に口座の存在を伝え、金融機関へ正式な手続きの方法を確認してください。
「引き出せるから使う」のではなく、「記録を残し、正しい手続きを取る」ことが、後のトラブルを防ぎます。

相続の銀行手続きは、多くの方にとって初めて経験する手続きです。
「何から始めればよいのか分からない」「自分の場合はどうすればよいのだろう」と不安に感じることもあるでしょう。
銀行手続きについて分からないことやお困りのことがありましたら、ひとりで抱え込まず、お気軽にご相談ください。
お話を伺いながら、一つひとつ状況を整理し、安心して手続きを進められるようお手伝いいたします。



